FC2ブログ

ブログ内検索


プロフィール

あまくさ

Author:あまくさ


 平将門の生涯を追うと、平安時代中葉~後半期の関東地方が、深刻なアナーキズムにつつまれていたことがわかります。東北の蝦夷との強いられた戦争。都の権門や国司たちによる過酷な搾取。
 関東の武士や民衆は、みずから汗を流して開拓した農地を守るため、立ち上がりました。それが、将門をリーダーとする大反乱です。
 将門は「新皇」と名乗り、「関東独立王国」を建設しようとしましたが、この歴史上初めての壮大な実験は、あえなくついえました。彼らの政権構想が、あまりに未熟だったからです。
 将門と坂東武者たちの見果てぬ夢。それが実現したのは、2世紀あまりのちのこと。源頼朝の登場まで待たなければなりませんでした。
 鎌倉幕府成立の本質は、武士による革命であり、働く者を社会の中心にすえる「世直し」とも言えるものでした。


カテゴリー


最近の記事


フリーエリア



デル株式会社


PCDEPOT WEB本店


にほんブログ村へ にほんブログ村 歴史ブログへ
人気Blogランキングへ

記事を気に入っていただけたら、ワンクリックよろしくお願いします




最近のコメント


リンク


RSSフィード


FC2カウンター


最近のトラックバック


ブロとも申請フォーム

6 戦国の梟雄

”「国主になりたいものだ」”

 この一言から、司馬遼太郎は波乱万丈の物語をスタートさせました。

”この夜のつぶやきは、日本史が永久に記憶しなければならなくなった。”

 時は戦国初頭。オープニングの舞台は、荒廃した京都。
 つぶやいた男の名は、松浪庄九郎。後の斉藤道三です。

 『国盗り物語』は、司馬遼太郎の代表作の一つ。
 この小説のストーリーは、前半と後半にわかれます。
 斉藤道三の野望の生涯を描いた前半から、後半はその志のバトンを受けついだ織田信長の覇業へと物語りは進んでいきます。

 作者が信長にあたえたキーワードは”合理主義者”。
 徹底した合理主義は、中世的な権威を破壊して近世の扉をひらく起爆剤となりました。
 同時に、理に合わぬことを嫌いぬく峻烈な人間性は、時に他人への酷薄な仕打ちにつながり、やがて本能寺の猛火へと彼を導いたのです。
 天下をめざして疾走した特異なキャラクターが明晰な筆致でくっきりと造形されており、織田信長像のひとつのスタンダードを確立した小説といえるでしょう。

 しかし、この作品の本当の面白さは、むしろ前半にあるように私には思えます。
 戦国の梟雄。美濃のまむし。
 悪名のつきまとう斉藤道三を、ここまで魅力的に描いたストーリーは他にありません。
”「国主になりたいものだ」”

 荒涼とした風の吹く京の夜空に向かい、そうつぶやいた若者、松浪庄九郎。
 前身は僧侶。若くして「知恵第一の法連房」と讃えられながら、学問に飽き足らず寺を飛び出し、乞食に落ちぶれます。
 しかし、彼は卑屈にはなりませんでした。
 地位もカネもない徒手空拳の身で、若者は冴え冴えとした夜空を見つめます。
 そこから、この物語は、そしてすべてが始まるのです。

 油屋といっても小さな大名ほど富裕な、奈良屋。
 その奈良屋の荷頭の地位をめぐる盗賊たちの争いを、庄九郎は偶然目にします。
 ならず者の頭目を討ち取り、奈良屋に入りこもうとする企みがはじまります。
 しかし目的は、奈良屋の「侍大将」荷頭の地位をせしめるという程度のことではありません。
 奈良屋を乗っ取ってしまおうというのです。

 斉藤道三の経歴として、「油売りから身を起こし、美濃の国主となり、云々」といった言い方をよく聞きます。
 しかし裸一貫の若者にとって、油売りの豪商になること自体が夢のまた夢。今で言えば、ホームレスが大企業の社長になろうとするようなものでしょう。

 この時、奈良屋では主人が死んでまだ間もなく、美しい若後家が奥から指図していました。
 荷頭を殺害した無頼漢を討ち取り、その手柄をきっかけに庄九郎は若後家に接近をはかります。しかし、取り入ろうとすれば安くみられるとふんで、わざと素っ気なくふるまい、礼も受け取らずに姿を消します。
 その後の虚々実々のかけひきを、作者はていねいに描いていきます。
 そしてついに庄九郎は若後家をたらしこみ、奈良屋の主人におさまってしまうのです。
 しかし、このあたりのやりくちは、少しも陰湿なものを感じさせずに見事に描かれています。
 
 目的のために、彼は時に人殺しも厭いません。
 そして、重大な局面では元坊主らしく、心中に経を唱えるのです。

”- 仏よ、来い。
 と祈るのだ。わが利益のためにはからえ、というのである。”

”わが身、法華経の功力さえ信じておれば、
 殺すも正義。
 盗むも正義。
 そんな気でいる。”

 このような物騒な性格と信念を描きながら、爽やかささえ感じさせる筆力は、この時期の司馬遼太郎の独特の魅力でしょう。

 この奈良屋乗っ取りの部分が、その後油屋として美濃に赴いてからの波乱の物語より、ずっと面白いのではないかとさえ思わせます。
 ひとりの女性の心を奪うのは、時として国を盗るよりも難しいことなのかもしれません。

 ただ、美濃における庄九郎のその後のストーリーを読むとき、読者の興がそがれるということはないでしょう。
 読者はすでに庄九郎(後の斉藤道三)が大好きになってしまっていますから、彼の新天地での活躍に期待し、その悪事にさえ拍手をおくってしまうにちがいありません。



 司馬遼太郎の描いた道三の生涯は、江戸時代の軍記物を下敷きにして作者が脚色をくわえたものだと思います。
 斉藤道三の実像については近年、新たな光があてられており、油売りから美濃土岐家に仕官したのは彼の父の代とする説が有力と見られているようです。
 しかし、定説の変更はこの作品の価値をなんら損なうものではないでしょう。
 事実ではないが、真実ではある。
 寺山修司が好んで用いていたフレーズですが、司馬遼太郎の作品は作者の歴史観、人物観にこそ醍醐味があります。


アーカイブ(過去記事一覧)



姫氏の国の物語・トップページへ

コメント

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://tokai-japanese-history.com/tb.php/9-ebb8ee3e

 | HOME |  ▲ page top