1.囚人と帽子のパズル 有名な論理パズルをひとつ紹介します。
3人の囚人がいました。ある時、王様がやってきて言いました。
「ここに5つの帽子がある。見ての通り、3つは赤、2つは青い帽子だ。今からこれを、ひとつひとつオマエたちにかぶせる。自分のかぶっている帽子の色を言い当て、その理由も説明できる者がいたら釈放してやろう」
王様は、3人の囚人にすべて赤い帽子をかぶらせ、残りのふたつの青い帽子は隠してしまいました。
囚人たちは自分の帽子の色は見えませんが、あとの二人の帽子は見ることができます。
まず、王様が囚人Aに質問しました。
「お前は、自分のかぶっている帽子が何色かわかるか?」
Aは、
「わかりません」
と答えました。
王様は囚人Bにも同じ質問をしました。
「お前は、自分のかぶっている帽子が何色かわかるか?」
Bはしばらく何か考えていましたが、やはり、
「わかりません」
と返答しました。
最後に王様は、囚人Cにも尋ねました。
「では、オマエは自分の帽子の色がわかるか?」
AとBの答えを聞いていたCは、見事に自分の帽子を言い当てることができたのです!
Cはどのような考えから、自分の帽子の色を見抜くことができたのでしょう? というのが、問題です。
さて、この種のパズルには、重要な基本ルールがあります。
それは、登場人物が全員、頭がいいという前提です。彼らは論理的に思考し、あたえられた情報の範囲内でかならず最善の答えを見つけ出すことができることになっています。
その点をふまえて、以下に解答を説明します。
状況は、以下のようにまとめることができます。
① 帽子の数は、赤が3、青が2。
② 囚人たちは、自分以外の2人がかぶっている帽子だけを見ることができる。
③ 彼らが見ている帽子の色の組み合わせは、赤2、青2、赤1青1のうちのどれかである。
③の組み合わせのうち、彼らが自分の帽子の色をたちどころに言い当てられるケースがひとつあることに気づかれたでしょうか?
そうです。あとの2人がどちらも青い帽子をかぶっている場合ですね。青い帽子はふたつしかありませんから、自分の帽子は赤だとすぐにわかります。
青い帽子をふたつ見ている囚人がいれば、彼は自分の帽子を当てることができる。これが、第1のポイントです。
しかし、実際には3人とも赤い帽子をかぶらされていました。したがって、全員が赤い帽子ふたつを見ているわけです。残った帽子は赤、青、両方ありますから、この時点で自分の帽子を論理的に言い当てるのは不可能です。
では、なぜCだけが自分の帽子の色を知ることができたのでしょうか? それは、彼だけがAとBの言葉を問題を解くための情報として活用できたからです。
さて、ここからはCの思考をたどってみることにします。
Cはまず、自分の帽子の色が青だったならと仮定してみました。
その上で、Bの視点に立って考えたのです。
彼は、その仮定(Cの帽子が青)に立てば、Bが見ている帽子の色は何と何か考えてみました。Bの目には、Aが赤、Cが青の帽子をかぶっているのが見えていることになりますね?
そして、Bはこう考えるでしょう。
「もし、私の帽子が青ならば、Aは青い帽子をふたつ見ていることになるから、簡単に自分の帽子は赤だと言い当てて牢から出て行くはずだ。ところが、Aはわからないと答えた。ということは、私の帽子は青ではないということだ」
Bはそのように推理して、自分の帽子が赤であることを見破るでしょう。
ところが、Aに続いてBも、
「わかりません」と答えました。
これは、結局のところ、Cの帽子が青だという最初の仮定が正しくなかったということを示しています。
したがって、Cは自分の帽子が青ではなく赤であることを論証することができたのです。
この問題は論理パズルの古典的な名作で、いろいろなバリエーションがあります。
ここでは、もっともシンプルな設定のものをとりあげました。
2.もううひとつの「囚人問題」 次の話題は、「囚人のジレンマ」。
1でとりあげたモチーフと感じが似ていますが、これはパズルではありません。
「ゲーム理論」というのをご存知でしょうか?
これは簡単に言うと、「駆け引きの科学」です。
ゲームやスポーツだけではなく、さまざまな人間関係、投資、国家間の戦略など、すべての事象にわたり「勝つためのかけひき」というものがあります。ふつう人間は、経験や知恵や直感によって、そうした現実の難問に挑むでしょう。「ゲーム理論」では、状況を科学的に分析して、最も有効な選択肢を導こうとするのです。
「囚人のジレンマ」は、この理論においてよく取り挙げられる重要なモチーフ。以下のような内容です。
AとBが逮捕されました。二人は、ある犯罪の共犯者であると疑われています(彼らが実際に有罪か無罪かは、この場合、関係ありません)。
二人は、それぞれ別室で取調べを受けています。もう一人が取調官とどのような会話をしているか、彼らは知らされていません。
実は二人とも、取調官から同じ条件を提示されて、自白を迫られています。
その条件とは、次のようなものです。
① 二人とも黙秘すれば、どちらも懲役1年。
② 二人とも自白すれば、どちらも懲役5年。
③ 一人が黙秘、一人が自白した場合は、黙秘した方は懲役10年、自白した方は釈放。
このような条件をつきつけられたA・Bは、どのような選択をするか、という問題です。
ここでひとつ重要なのは、このような問題では、A・Bともに「利己的で知能が高い」人間であるとされる点です。つまり、論理的な思考にもとづいて自分にとって最も有利と思われる選択をするということです。
そのあたり、(1)の「囚人と帽子のパズル」に似ていますね。
さて。それでは、Aはどのように考えるか検討してみましょう。
Aはまず、別室のBがどのような選択をするか考えます。Bが黙秘するか自白するかによって、Aの刑期が変わってしまうからです。
(Bが黙秘をつらぬいた場合)
→ Aが黙秘なら、①により、Aの懲役は1年になります。
→ Aが自白なら、③により、Aは釈放されます。
したがって、Aは自白した方が得ですよね。
(Bが自白した場合)
→ Aが黙秘なら、③により、Aの懲役は10年!
→ Aが自白なら、②により、Aの懲役は5年になります。
やはり、Aの刑期は自白した場合の方が短くなります。
したがって、少しでも有利な刑期を勝ち取るためには、Aは自白するより他ないということになります。
ところで同じことをBの立場から考えてみると、Bに示された条件はAとまったく同じですから、彼もやはり自白を選ばざるを得ないことになります。
したがってA・Bともに自白を選択することになり、二人の刑期はどちらも懲役5年になります。
A・Bの両方が論理的に最善をつくした結果は、Aが懲役5年、Bが懲役5年。
おや? なにかヘンですね。
もう一度、上の①②③を見てください。そうです。AとBの両方が黙秘すれば、ふたりとも懲役1年ですむという、かなり有利な可能性があるじゃないですか。
ところが彼らには、黙秘をつらぬくことがとても困難な理由があります。
あなたがAだったとしましょう。あなたは、今、別室のBも黙秘しているだろうと信じて、黙秘をつづけています。
すると、取調官があなたに言います。
「たった今、Bが自白したぞ」
あなたには、取調官の言葉が本当かどうか知るすべはありません。しかし、もし本当だとしたら、あなたがこれ以上黙秘をつづけると、③によってBは釈放され、あなただけが10年の刑期をかぶらなくてはならないことになります。
つまりA・Bは、お互いを信頼して協力し合えば懲役1年という有利な刑期を勝ち取ることができるにもかかわらず、実際には懲役5年というもっと不利な結果を選択せざるを得ないのです。
「囚人のジレンマ」は、一人一人が「最適な選択」を求めることが、全体にとっての「最適な選択」とは一致しない状況を示すモデルと言えます。
このような状況は、現実社会のさまざまな局面の中で見られると言われています。
たとえば、「価格破壊」。極端な価格競争は企業を疲弊させ共倒れになりかねないことがわかっていても、値引き合戦をやめることができないといったケースです。
3.モリアティ教授 「名探偵シャーロック・ホームズ」シリーズのうちの1話に、『最後の事件』という短編があります。
その作中、モリアティ教授なる人物がホームズを追跡するエピソードが描かれています。これも「ゲーム理論」を説明するかっこうのモデルとして、よく引き合いに出されるモチーフです。
(以下は、推理小説の内容の一部にふれる記述になります。ただし、問題の部分は小説中では小さなエピソードにすぎず、結末にかかわるものではありません)
さて。
モリアティ教授は、ロンドンにはびこる犯罪組織の影の首領です。悪党ながら天才的な知能の持ち主として描かれており、ホームズも彼が自分と互角の能力を備えていることを認めています。
そのモリアティの組織を、ホームズは警察と協力しながら何年もかけて追いつめていきました。そしてついに、3日後には悪人たちを一網打尽にできるというところまで到達したのです。
しかし、モリアティも黙ってはいません。破滅をまぬがれるための起死回生の逆転策。それは、包囲網の司令塔であるホームズを殺害することです。
さすがのホームズも危険を感じ、一時的にイギリスから逃れて身を隠すことにしました。
ヨーロッパ大陸に渡るには、ドーバーから船に乗ることになります。ホームズは、ロンドンでドーバー行きの列車に乗りました。ところが、わずかな時間をおいてモリアティが特別列車をチャーターして追跡してくることがわかりました。
ホームズの乗っている列車は船の出港にあわせて時間調整するため、ドーバーでモリアティに追いつかれてしまうことは避けられません。
さあ、どうするか?
ホームズは、途中駅のカンタベリーで下車してしまうという方法を選びました。そうしてモリアティの追跡をまんまとかわし、別ルートで大陸に脱出することに成功します。
ホームズとモリアティの、このちょっとした駆け引き。実は、けっこう奥が深いのです。
ホームズはドーバーでモリアティに捕捉されてしまう可能性が高いと見て、裏をかきカンタベリーで途中下車しました。しかしモリアティは、ホームズが互角と認めるほどの人物です。ホームズの行動を予測し、裏の裏をかいてくることは十分に予想できます。
小説ではあまり詳しく描写されていませんが、二人の死力をつくした「読みあい」が展開されていたはずなのです。
状況を整理してみます。ホームズがモリアティの追跡を気づいた時点で、ドーバーまでの途中駅はカンタベリーだけと設定されています。
そこで、問題は2択になります。
ドーバーで降りるのが有利か、カンタベリーで降りるのが有利かです。
小説ではホームズがカンタベリーで降り、モリアティがドーバーで降りています。この状況はいわば「引き分け」ということになります。モリアティはホームズを捕まえそこなったわけですが、ドーバーからの国外脱出は阻止できたわけですから、勝負は持ち越しということになります。
では、モリアティの「勝ち」と言えるのは、どういう状況だったのでしょうか? それは、ドーバーにしろカンタベリーにしろ二人が同じ駅で降りた場合です。読みあいに勝ってホームズに追いつくという目的を達成したことになるからです。
または、モリアティが深読みしすぎてカンタベリーで下車し、ホームズは一か八かドーバーで降りるというケースも有り得ました。裏の裏の裏をかく、というヤツです。この場合はホームズは悠々とイギリスを脱出できますから、ホームズの「勝ち」です。
このゲーム、モリアティの立場からよく考えてみると、ドーバーで降りた方が有利であることがわかります。その場合、ホームズもドーバーで降りればモリアティの「勝ち」、ホームズがカンタベリーで降りた場合は「引き分け」。少なくとも「負け」のない選択です。
それではホームズの立場から考えたらどうなるでしょう? ドーバーで降りた場合の可能性は「勝ち」か「負け」、カンタベリーで降りた場合の可能性は「引き分け」か「負け」です。
あれ? ホームズの方が不利な感じですね。
上の2択の組み合わせをよく見てみましょう。
(ホームズ・モリアティが、カンタベリーで下車)
→ モリアティの勝ち
(ホームズ・モリアティが、ドーバーで下車)
→ モリアティの勝ち
(ホームズがカンタベリーで下車 + モリアティがドーバーで下車)
→ 引き分け
(ホームズがドーバーで下車 + モリアティがカンタベリーで下車)
→ ホームズの勝ち
モリアティの勝ちが2種類、ホームズの勝ちが1種類、引き分けが1種類ですね。
つまり、状況はもともとモリアティに少し有利だったのです。そして、このような条件の中で双方が最善の選択をしていることが、少しずつ見えてきました。
モリアティがドーバーで降りたのは、「絶対に負けない作戦」を選んだということです。
それに対して、ホームズは「モリアティが賢明ならば、ギャンブルよりも負けない作戦をとる可能性が高い」と読んだのだと考えられます。したがって、ホームズはカンタベリー下車を選んだのです。
ホームズとモリアティの生死をかけた頭脳ゲームをめぐり、少しばかり長々と考察をくわえてみました。
ところで「ゲーム理論」では、こういう問題に対しただ考察するだけではなく、計算による証明を試みます。
計算するためには、当然ながら数字が必要になります。状況を整理して、ことがらの価値を数値に置き換えるのです。
1例として、ホームズとモリアティの駆け引きの結果として得られる価値(利益)を、次のように数値化してみます。
ホームズから見た場合、「勝ち」が50点、「引き分け」が0点、「負け」が-100点。
煩雑な計算は、省略します。この数値から求められるホームズの最善の戦略は、
「カンタベリー下車に60%、ドーバー下車に40%という確率配分での選択」
ということになります。
モリアティの最善は、この反対で、ドーバー60%、カンタベリー40%です。
上記の計算は、ダレル・ハフ著、国沢清典訳『確率の世界 -チャンスを計算する法』(講談社・ブルーバックスB-109)に書かれた記述にならいました。
ここでは前提とした数値のうち、ホームズの「勝ち」が50点なのに対して「負け」を-100点とマイナス・ポイントが大きめに設定されています。
もっと単純に、「勝ち」が50点、「引き分け」が0点、「負け」が-50点というように均等に設定した場合、ホームズの最善の戦略は、
「カンタベリー67%(3分の1)、ドーバー33%(3分の1)」
になります。
さて。
ここでは、60%と40%の方の確率配分を採用して、ホームズとモリアティの勝敗の確率を計算してみます。すると、
「モリアティの勝ちの確率は48%、ホームズの勝ちの確率は16%、引き分けの確率は36%」
以上が結論です。
モリアティ、恐るべし!
小説では、ホームズの冷静沈着な行動がモリアティを上まわったように描かれていますが、実はこの時点でモリアティがホームズの捕捉と殺害に成功していた可能性が50%近くあったのですね。
薄氷の戦いだったわけです。
アーカイブ(過去記事一覧)
姫氏の国の物語・トップページへ