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あまくさ

Author:あまくさ


 平将門の生涯を追うと、平安時代中葉~後半期の関東地方が、深刻なアナーキズムにつつまれていたことがわかります。東北の蝦夷との強いられた戦争。都の権門や国司たちによる過酷な搾取。
 関東の武士や民衆は、みずから汗を流して開拓した農地を守るため、立ち上がりました。それが、将門をリーダーとする大反乱です。
 将門は「新皇」と名乗り、「関東独立王国」を建設しようとしましたが、この歴史上初めての壮大な実験は、あえなくついえました。彼らの政権構想が、あまりに未熟だったからです。
 将門と坂東武者たちの見果てぬ夢。それが実現したのは、2世紀あまりのちのこと。源頼朝の登場まで待たなければなりませんでした。
 鎌倉幕府成立の本質は、武士による革命であり、働く者を社会の中心にすえる「世直し」とも言えるものでした。


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44 羽生善治のゲノム

1.羽生善治の将棋革命

「何と言えばいいのか、今の私たちがやっていることって、ある種、学術的な感じもするときがあるんです。棋士の人たち、ゲノムかなんかの解析をやってるんじゃないか、と思うときもあります」

 将棋界の第一人者、羽生善治さんの言葉です。
 「ゲノム」とは、「遺伝情報」。
 「棋士」は、現在、将棋の世界で活躍するプロ棋士たちです。

 上の言葉は、梅田望夫さんの近著、『シリコンバレーから将棋を観る 羽生善治と現代』から引用しました。
 『ウェブ進化論』の著者として知られる梅田さんですが、実は熱烈な将棋ファンらしいですね。今回この本を読んで、はじめて知りました。

 ここ20年くらいのことですが、将棋の世界はかつてない「変革期」をむかえています。
 主導するのは、羽生善治。
 羽生さんといえば、何と言っても「7冠制覇」。1996年、25才の時になしとげた「前人未到」の業績です。。
 将棋界には「名人」「王将」などの7つのタイトルがあります。そのすべてを、羽生さんは1人で独占してしまったのです。当時は、将棋に興味のない人たちのあいだでも、けっこう話題になっていました。

 しかし、この羽生善治という人をめぐって特筆すべきことは、そういう群を抜いた強さだけではありません。

 「羽生世代」という言葉を、聞いたことがあるでしょうか?
 羽生さんと同じ1970年前後に生まれたプロ棋士たち。なぜか、この世代に俊英が集中しているのです。彼らは、10代のころは「チャイルドブランド」と呼ばれて怖れられました。現在、この世代が将棋界のトップクラスをほぼ独占しています。
 この若い天才たちは、「定跡」と呼ばれる将棋の常識に疑問を投げかけ、まったく新しい世界をつくりあげようとしているのです。
 そのような将棋革命の先頭を走っているのも、羽生善治にほかなりません。


2.序盤戦のミクロコスモス

 さて。
 梅田さんの、『シリコンバレーから将棋を観る 羽生善治と現代』。
 この本は、トップランナーがトップランナーを語ると、こうなるのか。そんなことを感じさせる好著だと思います。

 第1章のタイトルは、『羽生善治と「変わりゆく現代将棋」』。

 「変わりゆく現代将棋」は、羽生さんが1997年7月から3年半にわたって専門誌『将棋世界』に連載した将棋論です。単行本化はされていないらしく、「幻の名著」となっています。
 この連載で羽生さんは、「矢倉戦」という将棋の一つの戦形において、5手目の指し手が「7七銀」であるべきなのか「6六歩」であるべきなのかを延々と考え続けたといいます。

 梅田さんが『シリコンバレーから将棋を観る』を書くにあたり、この「変わりゆく現代将棋」から語り始めた理由。そのひとつは、多くの約束事にしばられていた将棋界にあって、「序盤の無限の可能性」を徹底的に追求した羽生さんの「革新性」。それを説明しようとしていることは、間違いありません。
 しかし、著者の意図はほかにもあったようです。「第6章 機会の窓を活かした渡辺明」まで読み進んだとき、それがわかりました。第1章の記述にある重要な複線が含まれていたことに、初めて気がついたのです。


3.ポスト羽生の旗手・渡辺明

 ここで、渡辺明という棋士についても書いておかなければなりません。

 渡辺さんは、2009年現在で25才。7大タイトルのひとつ「竜王」を保持する若手№1の実力者で、ポスト羽生の最有力候補と言われています。

 「第5章 パリで生まれた芸術 -竜王戦観戦記」と「第6章機会の窓を活かした渡辺明」は、その渡辺竜王に羽生さんが挑戦した第21期竜王戦について書かれています。

 第5章の表題にあるようにパリで開催された竜王戦第1局で、渡辺竜王は挑戦者の羽生善治に手痛い敗北を喫しています。この勝負は渡辺さんの優勢と見えた将棋だったのですが、64手目に指された羽生さんの絶妙な1手から流れが変わり、羽生さんの勝利に終わったのです。

 この敗北に、渡辺竜王はひどくショックを受けていたそうです。

「僕の将棋観が根底から覆されたんだ。僕だって読めていた手、でも初見で捨てた手、僕にとっていちばんありえない手が最善手だった。僕の将棋観が否定されたんです」

 渡辺竜王が梅田さんに語った言葉です。
 しかし渡辺さんは、しばらく雑談した後に吹っ切れたように言います。

「シリーズ中盤でこれをやられていたら、もう終わりだったですよ。第1局でよかったと思わなくちゃいけませんね。立て直せる時間があるかもしれない」

 竜王戦は7番勝負です。渡辺さんは、緒戦の敗戦が尾をひいてあと2局は落としてもやむをえないことを、この時点で覚悟したようです。そして、そこから挽回する決意を語っているわけです。

 結論から言うと、この竜王戦7番勝負は、渡辺竜王が3連敗の後の4連勝という離れ業をやってのけてタイトル防衛に成功しています。
 予想通り0勝3敗という絶体絶命の窮地に追い込まれた渡辺さんですが、その後、盛り返して2連勝し、2勝3敗まで星をもどしました。
 そして迎えた第6番は、きわめて重要な1戦でした。

 この大一番で、後手番の渡辺さんが放った1手。それは、矢倉戦、18手目「5三銀右」でした。


4.バトン - 過去と未来をつなぐ1手 -

 矢倉戦18手目5三銀右は後手にとって少し不利な指し方と見られていて、この手を指す棋士はあまりいなかったと言います。絶対に落とせない重要な1局にのぞんで、渡辺竜王がそんな戦法を漫然と選択したはずはありません。
 7番勝負を3連敗から立て直すという、きびしい決意が渡辺さんにはありました。その構想の中の重要なプロセスで指された1手です。

 この勝負は、渡辺竜王の勝利に終わりました。

 観戦者の梅田さんは、この1手に羽生善治の「変わりゆく現代将棋」を重ねあわせています。

 かつて羽生善治は、矢倉戦にあらわれる序盤の無限の可能性にこだわって「変わりゆく現代将棋」を執筆し、それは将棋界の革命を予感させました。
 渡辺竜王の「5三銀右」は、そのとき羽生さんが追求したテーマに深く関わっていると梅田さんは見るのです。

 『シリコンバレーから将棋を観る』の終章には、羽生さんと梅田さんの対談が収録されています。


梅田 中継といえば、僕は、渡辺さんが竜王戦第6局で急戦矢倉を選択したとき、けっこう、感動しましたよ。「ええええ!」と声を上げて。いかがでしたか、羽生さんは? 渡辺さんが18手目に5三銀と上がって急戦矢倉になったとき、驚かれましたか?

羽生 全然予想していなかったですね。渡辺さんが指しているのも見たことなかったですし。

梅田 羽生さんの「変わりゆく現代将棋」は、急戦矢倉をテーマに1997年から2000年にかけて書かれた。そしてあるとき、急戦矢倉はどうも先手がよさそうだ、ということになって、後手で急戦矢倉を指す人が少なくなった。ところが2008年の竜王戦で、いきなりあらわれた。ああ、ここで急戦矢倉なんだ! と。感動しましたよ。それは、何らかの理由があって、出てくるわけだから。


 梅田さんの視点は、10年の時をへだてた二人の天才の邂逅を鮮やかに描き出しているのです。



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