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あまくさ

Author:あまくさ


 平将門の生涯を追うと、平安時代中葉~後半期の関東地方が、深刻なアナーキズムにつつまれていたことがわかります。東北の蝦夷との強いられた戦争。都の権門や国司たちによる過酷な搾取。
 関東の武士や民衆は、みずから汗を流して開拓した農地を守るため、立ち上がりました。それが、将門をリーダーとする大反乱です。
 将門は「新皇」と名乗り、「関東独立王国」を建設しようとしましたが、この歴史上初めての壮大な実験は、あえなくついえました。彼らの政権構想が、あまりに未熟だったからです。
 将門と坂東武者たちの見果てぬ夢。それが実現したのは、2世紀あまりのちのこと。源頼朝の登場まで待たなければなりませんでした。
 鎌倉幕府成立の本質は、武士による革命であり、働く者を社会の中心にすえる「世直し」とも言えるものでした。


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27 古代・北関東王国の没落

 古墳時代中期、西暦5世紀の北関東地方。
 そこに、雄大な勢力を誇った「国」がありました。

 彼らは今の群馬県、榛名山の東南のふもとに本拠をおいて利根川の水運をおさえ、朝鮮半島から技術者を迎えいれて、先進的な地方社会を築いていました。

 その国の名は、「毛野」。

 『日本書紀』の安閑天皇元年の条に、つぎのような伝承が記されています。

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26 今川義元

 駿河守護職・今川氏の第9代目当主。
 永正16(1519)年生まれ。永禄3(1560)年5月敗死。享年42才。

 今川義元の名は、戦国時代の駿河(静岡県)を治めた守護大名の大物として有名です。
 ただし何をもって有名かと言うと、本人にとっては、はなはだ不名誉なものでした。
 言わずと知れた桶狭間の戦いで、織田信長の奇襲を受けて敗死した人物としてのみよく知られているのです。
 信長の引き立て役として、これまでに小説やドラマや映画に何度登場したかわかりません。

 通説の今川義元。それを総合して、もっともコミカルに描写すると、以下のような感じです。

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