FC2ブログ

ブログ内検索


プロフィール

あまくさ

Author:あまくさ


 平将門の生涯を追うと、平安時代中葉~後半期の関東地方が、深刻なアナーキズムにつつまれていたことがわかります。東北の蝦夷との強いられた戦争。都の権門や国司たちによる過酷な搾取。
 関東の武士や民衆は、みずから汗を流して開拓した農地を守るため、立ち上がりました。それが、将門をリーダーとする大反乱です。
 将門は「新皇」と名乗り、「関東独立王国」を建設しようとしましたが、この歴史上初めての壮大な実験は、あえなくついえました。彼らの政権構想が、あまりに未熟だったからです。
 将門と坂東武者たちの見果てぬ夢。それが実現したのは、2世紀あまりのちのこと。源頼朝の登場まで待たなければなりませんでした。
 鎌倉幕府成立の本質は、武士による革命であり、働く者を社会の中心にすえる「世直し」とも言えるものでした。


カテゴリー


最近の記事


フリーエリア



デル株式会社


PCDEPOT WEB本店


にほんブログ村へ にほんブログ村 歴史ブログへ
人気Blogランキングへ

記事を気に入っていただけたら、ワンクリックよろしくお願いします




最近のコメント


リンク


RSSフィード


FC2カウンター


最近のトラックバック


ブロとも申請フォーム

42 武家の棟梁・源頼信(後編)

1.源頼信と盗賊

 さて、源頼信。

 『今昔物語集』に、こんな話があります。

 頼信の家来に、藤原親孝という者がいました。
 ある時、この親孝の家に盗賊が入りました。親孝は盗賊を捕らえて縛り付けましたが、盗賊は親孝の子供を人質にとって逃亡しようとしました。
 親孝は主人の源頼信に助けを求め、子供が殺されると泣いて訴えました。

続きを読む »

40 武家の棟梁・源頼信(前編)

1.なぜ「関東」は源氏を選んだのか?

 治承4(1180)年10月6日。

 この日、日本列島の歴史の流れを大きく変える出来事が、関東で起こりました。
 源頼朝が5万騎ともいわれる大軍を率いて、鎌倉の地に入ったのです。
 伊豆で挙兵した頼朝が石橋山の合戦で平家軍に大敗したのは、この日からわずか40日余り前のこと。
 命さえも風前の灯と思われた頼朝の怒涛のような巻き返しに、天下は震撼したに違いありません。

 源頼朝という一人の男に、関東の武士たちの「夢」が結集したのです。

 清和源氏の総帥。
 その地位がもたらすカリスマ性が、頼朝の力の源泉でした。

 それでは源氏は、なぜそれほどの影響力を関東の武士たちに及ぼすことができたのでしょうか?

 その理由の一端を、エントリ38『「八幡太郎」伝説 -源義家-』で書きました。しかし、源氏と関東のかかわりは、そう簡単には語りつくせません。
 今回とりあげようと思うのは、義家よりももう少しさかのぼる時代です。

続きを読む »

39 平安時代は乱世だった

1.平安時代は「平和」な時代だったのか?

『ところであなたは、平安時代というとどんなイメージを思い浮かべますか?
 おそらく、穏やかで平和的な時代を想像するのではないでしょうか。』
 

 これは、エントリの17の中で書いた文章です。

 17 ”正倉神火” と武士の誕生


 歴史小説やテレビの時代物がわりあい好きな人でも、「戦国時代」や「幕末」はイメージできても「平安時代」となると見当がつかないという人は多いのではないでしょうか?


 以下は、私がときどき参加している、『Unow? Yes/No』という一種のアンケート・サイトから。



 【追記 2009・03・08】 『Unow? Yes/No』は、2009・03・10で、サービス終了になるようです。




「どちらかなら生まれたかったのは戦国時代(Y)、平安時代(N)?」

 という質問に対し、回答総数144件、割合はYes(戦国時代)29%、No(平安時代)71%でした。

続きを読む »

35 寒い国から来た「安倍一族」

(1)東北地方と「アベ一族」

 ある地域である苗字を名のる人がやたらに多い。そんなことがよくあります。

 わたしが生れた近所は「志村」という表札に囲まれていました。子供のころは不思議に思ったものです。
 今から思うと何のことはない話で、あのへんの地主さんだったわけですね。

 限られた地域ならそんなケースもめずらしくはないと思いますが、もっと広く何々県くらいに多い苗字というのがあると、興味をひかれます。

 以前、仙台に行ったとき、「佐藤さん」がたいへん多いことに驚きました。
 ちょっと道を歩いても、ほうぼうで目にする「佐藤」という表札、信号待ちしている車に「佐藤工務店」。訪問した先に3人くらい佐藤さんがいる。
 そんな調子でした。

 ところで、今回とりあげようと思うのは、佐藤さんではありません。

 あべ

 これも宮城県に多い姓の一つです。

 実は佐藤も阿部も、歴史的に由来のある姓。とくに、阿部(阿倍・安倍・安部)さんは面白いのです。

続きを読む »

27 古代・北関東王国の没落

 古墳時代中期、西暦5世紀の北関東地方。
 そこに、雄大な勢力を誇った「国」がありました。

 彼らは今の群馬県、榛名山の東南のふもとに本拠をおいて利根川の水運をおさえ、朝鮮半島から技術者を迎えいれて、先進的な地方社会を築いていました。

 その国の名は、「毛野」。

 『日本書紀』の安閑天皇元年の条に、つぎのような伝承が記されています。

続きを読む »

 | HOME |  » ▲ page top