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あまくさ

Author:あまくさ


 平将門の生涯を追うと、平安時代中葉~後半期の関東地方が、深刻なアナーキズムにつつまれていたことがわかります。東北の蝦夷との強いられた戦争。都の権門や国司たちによる過酷な搾取。
 関東の武士や民衆は、みずから汗を流して開拓した農地を守るため、立ち上がりました。それが、将門をリーダーとする大反乱です。
 将門は「新皇」と名乗り、「関東独立王国」を建設しようとしましたが、この歴史上初めての壮大な実験は、あえなくついえました。彼らの政権構想が、あまりに未熟だったからです。
 将門と坂東武者たちの見果てぬ夢。それが実現したのは、2世紀あまりのちのこと。源頼朝の登場まで待たなければなりませんでした。
 鎌倉幕府成立の本質は、武士による革命であり、働く者を社会の中心にすえる「世直し」とも言えるものでした。


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《最新記事》
52 北の政所と淀の方

《ピックアップ》

古代北関東王国
【その1】
22 古代東国の王者と「稲荷山鉄剣」
【その2】
27 古代・北関東王国の没落

50 江戸時代についての二つの見解
49 南満州鉄道
48 悪魔の知能ゲーム
45 日本が海外に出兵する時 古墳時代編(一) 《日本列島と戦争(その4)》
44 羽生善治のゲノム
42 武家の棟梁・源頼信(後編)
41 時代区分についての覚書
40 武家の棟梁・源頼信(前編)
39 平安時代は乱世だった
38 「八幡太郎」伝説 -源義家- 《征夷大将軍・前史》
34 コメが日本の歴史をつくった
32 斉藤道三 -武・商・僧の三つの道-
25 崇神天皇と三輪山の蛇神
16 織田信長の実像(その3・桶狭間2)
9 八犬伝博物館のある城 



アーカイブ(過去記事一覧)



 西洋文明を追い求めた ”明治”。
 グローバルスタンダードという名のアメリカローカルに幻惑されつづける、現代の日本。

 でも、この国が圧倒的に大きな ”海外” のかげにおびえ、そして憧れたのは、近代以降のことだけではありません。
 原始・古代の日本。その西方には、中国という巨大文明がそそりたっていました。
 まだ多くの人々が竪穴住居でくらしていた時代に、中国・朝鮮から断続的に流入する高度な技術と文化の影響を受けたことが、この国の歴史をきわめて複雑なものにしました。
 
 黎明のなかに立つスーパーレディ、”幻の女王 ”卑弥呼は、中華文明に果敢に挑戦した最初のこの国の指導者でした。
 そのとき以来、この国は ”鎖国” と ”開国” の大きな振り子運動をくりかえしました。
 
 律令制期の ”日本” は、中国を模倣した ”ミニ中華帝国” でした。国情にあわない中国の政治制度を導入し、服装まで中国化しました。その様子は、明治時代の極端な西洋化にとてもよく似ています。
 
 ところが、これだけ熱心に中国化を望んだ日本ですが、それは奈良時代までのことでした。内向きに転じた平安時代の社会は、合理的な中国とは似ても似つかぬまことに奇妙な呪術的社会でした。
 
 鎖国と開国の振り子運動は、平安末期の平家政権による交易国家志向により、一時開国をめざすかに見えました。しかし、それは大きなうねりとはならず、この国は独自路線の模索にしだいに傾斜しました。
 
 そして、大きな歴史的事件がおこります。
 
 ”武士” という土地を開拓し運営する ”実務者” たちの勢力が、不労所得者・貴族をしりぞけて、社会の指導的地位を獲得したのです。
 それは、一種の ”ブルジョア革命” だったのではないかと、わたしは思っています。
 13世紀の日本は、そこまで到達したのです。
 
 世界史に類のない ”武家社会” は、試行錯誤をくりかえしながら近世 ”江戸期” に完成を見ます。江戸時代の社会は、多くの矛盾や問題点もかかえながら、一面ではきわめてバランスのとれた平和社会・エコ社会だったことが、近年では認められるようになってきました。
 
 21世紀を迎えた現在、グローバルスタンダードを詐称するアメリカローカルも、ほころびを見せ始めているようです。
 行きづまりを乗りこえるヒントは、日本の歴史の中にこそ隠されているのではないでしょうか?

52 北の政所と淀の方

 関ヶ原の戦いには、それがすべてではありませんが、二人の女性の戦いという側面がありました。
 ひとりは、豊臣秀吉の正妻である北の政所・おね。もうひとりは、秀吉の側室であり淀の方と呼ばれた茶々です。
 そして、このふたりは豊臣政権をささえた二大勢力を象徴する存在でもありました。
 それは、尾張派と近江派です。

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51 悩める生徒会長

1.2010年度概算要求

 2010年度当初予算の概算要求額が、過去最大の95兆円超に。マスコミなどでは、この話題で騒然としています。
 確かに、ここに及んでの赤字国債の増発は看過できませんが、政府は「行政刷新会議」での精査において要求額の減額をはかるとのこと。

 まあ、あくまで「要求」の段階ですからね。これからが勝負と言うのであれば、「お手並み拝見」と見守るしかありません。


2.Yes!プリキュア5

 ところで。

 最近、数年前のあるテレビ・アニメを観る機会があり、これが妙にタイムリーな内容でした。

 番組名は、『Yes!プリキュア5』。

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50 江戸時代についての二つの見解

 今回は、書籍を一冊紹介します。


◎八幡和雄『本当は恐ろしい江戸時代』ソフトバンク新書


 この本は一言でいうと、「江戸時代礼賛」を批判しています。

 「はじめに ~江戸時代は北朝鮮そっくりの”地上の楽園”だった」から、少し引用します。

「「江戸に学べ」という物言いが流行している。環境重視だった、平和だった、地方分権だったなどといろいろいわれるが、はたした江戸時代の人は本当に幸福だったのだろうか。明治維新や文明開化のために日本は悪くなったというのだろうか。
 黒船の来航をきっかけにして江戸幕府が終わったのちの、明治国家による近代化は、世界史上でもまれに見る成功した改革だと国際的にも評価されてきた。世界トップクラスの豊かな国でいまあることも、そこに至る一世紀余りの歴史がおおむね正しかったことを示している。
 ところが、江戸時代礼賛論者はそれ以前の封建時代を誉めて学べというのである。この腑に落ちない賛辞は、どこかで聞いた呼びかけに似ていないだろうか。そう、「北朝鮮は地上の楽園」というあれである。」

 なるほど。

 私も江戸時代の経済政策や文化をやや過大にもちあげるような文章を書いたことがあるので、少し耳が痛いですね。

 わが国の近世史は、もちろん手離しで賞賛できるようなものではなく、多くの矛盾や弊害をかかえていました。その矛盾・弊害を修正し、ある部分では確実に克服しながら、私たちの先人は今日まで歩んできたことは間違いないと思います。

 ただ、私には、歴史を考える上での確信がひとつあるんです。

 それは、前回のエントリでも書きました。

「源頼朝をささえた坂東武者の実態が、在地社会に根をはる中堅官僚たちだったように、時代の変革というものは前時代からの連続であって、けして断絶ではないのです。歴史は直近の過去を継承することなしに動きはしません」

 明治の近代化は、その直前の歴史・社会・政治・経済・生活をすべて断ち切って突然ワープしたものなのでしょうか?
 江戸時代の社会に多くの弊害があったとしても、同時に多くの知恵としたたかさ、まがりなりにも260年あまりも続いた安定への模索、それらの蓄積があったからこそ、明治維新の劇的な飛躍が可能だったのではないでしょうか?


 一方で、明治維新は、薩長による「武力革命」として進行しました。
 安政の大獄、「天誅」の名のもとに横行した多くの暗殺事件、政権をめぐる熾烈な権謀術数、戊辰戦争の流血。
 これが、幕末・維新史のひとつの側面です。

 そこに「大義」があろうとなかろうと、血に汚れた歴史の果てに成立した政府が「明治政府」であることは否定できません。もちろん徳川幕府とて、関ヶ原~大阪の陣という血みどろの歴史が生んだ政府なのですから、因果応報とは言えます。

 ここで私が言いたいのは、本質論として誰が正義で、誰が悪かということではありません。

 血にまみれた勝者である明治政府は、みずからの正義を高らかに主張せずには存在し得なかったという事実。これを、言いたいのです。
 自らの正義を高らかに主張するために、彼らは、彼らが葬り去った「前時代=江戸」に対し、「悪」であり、「旧弊」であり、「時代錯誤」であり、「姑息」であり、「暗黒」であり、ゆえに「排除すべきもの」であったと規定せざるを得なかったのです。


 「ザンギリ頭をたたいて見れば文明開化の音がする。総髪頭をたたいて見れば王政復古の音がする。半髪頭を叩いてみれば因循姑息(いんじゅんこそく)の音がする」


 このような、明治政府のつくりだした江戸時代の「悪しき虚像」から、私たちはそろそろ自由にならなくてはいけません。
 「近代」を準備した近世日本人の「知恵」と「力」を再評価することなしに、欧米や中国ともわたりあうべき21世紀の日本をとりもどすことは不可能と私は考えています。


 ・・・・・・私、何かが降臨してますか(笑)。

 ちょっと、頭を冷やして。

 ここは両論併記ということで、もう一冊、書籍を紹介しておきます。


◎石川英輔『大江戸開府四百年事情』講談社文庫


 著者の石川さんはSF作家で、江戸時代をテーマにした本を多く書かれています。歴史学者の著作とは一味違った、理数系らしい合理的な記述に敬服しています。
 前掲書からの引用に「地上の楽園」というキーワードがありましたから、これにからめて引用します。

「誤解のないようにはっきり書いておくが、だからと言って、私は江戸時代の日本が地上の極楽だったとか、理想的な社会だったとかいっているのではない。
 残念ながら、生身の人間の生きている地球の上に地獄はあっても極楽のないことは、まともな大人なら誰でも知っている常識だ。どこかの国が<地上の楽園>とかいうのはすべて幻想か大嘘か政治的な誇大宣伝あり、うっかり信じるとひどい目に遭うことは、今の日本人の常識といっていいだろう。
 当然、江戸時代の日本は極楽であり得ない。もちろん、どの時代のどの国にも極楽はなかったし、今もない。ところが、この世に極楽はなくても、地獄や地獄に近い部分があることは、テレビのニュースをしばらく見ていればわかるし、江戸時代の日本も例外ではありえない。江戸時代の日本にどのような地獄あるいは地獄に近い部分があったかについては、専門家が長年にわたってこまごまと書き尽くして下さったので、今さら私がとやかくいう必要はないだろう。
 と書いても、私が江戸時代を実際以上に高く評価していると思う人がいるにきまっているので繰り返して書いておくが、江戸時代の人々もわれわれと同じようにさまざまな愚行をかさねてきたことはよく知っているし、愚行をかさねたのが江戸時代の日本人だけではなかったこともよく知っている。人類は、愚行をしながら生きているのであり、愚行のない社会は、空想家の頭の中にしか存在しない。
 江戸時代の日本は、極楽でも地獄でもないという意味での「普通の国」だったのである」



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49 南満州鉄道

 明治維新以来、懸命に西洋文明をとりいれ「富国強兵」をめざした近代日本は、しだいに国外へと目をむけるようになります。朝鮮半島や中国東北部への進出がはじまるのです。
 この時代の日本のあり方を、是とするか否とするか。
 それは、私たち日本人にとってたいへん重い課題であり、容易に結論を語ることはできません。
 ただ、やりかたの善悪はべつにして、国外に積極的に進出して新しい国際秩序の構築にかかわろうとした国家は、当時のアジアにあっては日本の他にはありませんでした。たとえ未熟であったとは言え、独自の外交・経済戦略を構想し「世界史」の渦中に身を投じた経験は、その後の日本の歩みにも大きな力をあたえていることを軽視するべきではないでしょう。

 日本が世界に挑戦したあの時代、その最前線となった地は満州の大地でした。
 そして、その真の担い手は、暴走する軍部ではありませんでした。
 当時の満州には、「日本最大の知能集団」と呼ばれる組織が存在したのです。

 それは、満鉄調査部です。

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